元・金融OLの本棚

金融業界に返り咲きました。つれづれなるままに読んだ本について語る読書ブログ。

茶の本

茶の本』岡倉 天心(桶谷 秀昭 訳)

オススメ度 ★★★★☆

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今回は読書会に向けて読んだ『茶の本』です。

茶の本』は、岡倉天心が西洋人に向けて日本の精神性を紹介するために英語で著したもので、ゆえに日本人の著作にもかかわらず訳者が存在しています。言語は英語ですが、取り扱っているものが日本や中国の精神世界で和歌や漢文の引用も多いので、日本人にとっては翻訳の方がすっと入ってくると思います(岡倉天心は翻訳という行為が嫌いだったようですが…)。

 

内容は、茶の湯だけではなく、華道や建築、美学や哲学というところにまで及んでいるので、純粋に茶道のあれこれについて知りたいという場合には不向きかもしれません。しかし、茶道の様々な作法やしきたりの根っこにあるメンタリティを知るには最適です。

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金閣寺

金閣寺』三島 由紀夫

オススメ度 ★★★★☆

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久しぶりに日本文学を読みました。

なんとなく翻訳ものを読みがちなんですよね…。

 

三島由紀夫を読んだのは実はこの『金閣寺』が初めてなのですが、『金閣寺』の場合は日本文学といっても「美」の観念だとかイデア論的なものだとかが根底に流れていて、当時の文化人らしく西洋哲学の影響を受けているところが大きいのかな、という印象でした。ただ、欧米人から見ると太宰と違って「ミシマはどこかエキゾチックだ」という感想を抱くらしいですが…

 

金閣寺』の主人公は溝口という寺の息子で、自分の醜い容姿と吃音にコンプレックスを持っています。父が亡き後は父の旧友が住職をしている金閣寺で坊主をやっています。この小説は現実の事件である金閣寺放火事件にインスピレーションを得ていて、最終的に溝口は金閣寺を放火するのですが、放火をしたあとに過去を回想して文章を書いているというたてつけになっています。

肝心の主人公ですが、私はあまり共感できませんでした…。

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失われた時を求めて スワン家のほうへⅠ

失われた時を求めて スワン家のほうへⅠ』マルセル・プルースト(吉川 一義 訳)

オススメ度 ★★★☆☆

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ここのところ忙しく、だいぶブログの更新をサボってしまっていました…。前回の記事から何冊か読了している本はあるので、ゆっくり更新を再開していこうと思います。

久しぶりの更新は、フランス文学の金字塔との呼び声も高い『失われた時を求めて』です。全13巻(!?)からなる本作の第1作目ですね。先は長い…。

1巻である『スワン家のほうへⅠ』はこの長編のプロローグで、主に主人公の幼少期が晩年の回想という形で語られます。ちなみに、13巻のラストは主人公が小説の執筆を決意するシーンで、その小説こそが『失われた時を求めて』であるという円環構造になっています。

 

ところでこの小説、「何か面白い本が読みたい!」という方にはまったくオススメできません。なぜなら、この物語には筋というものがなく、いわゆるドキドキ・ワクワクを提供してくれる小説ではないからです(1巻のプロローグ部分は特にそうなのかもしれません)。主人公が眠れぬ夜に回想した過去がとりとめもなく、まるで夢を見ているかのように連なって記述されていきます(文学者に「夢の論理」と指摘されていますね)。人それぞれに印象深い場面や共感できる箇所はあると思いますが、物語の筋があるわけではないので、私なんて読んだそばから「あれ、さっき何を読んだっけ?」とページを戻るみたいな作業を繰り返していました…。

正直、読み終わったいまも「何が書かれていたか?」と聞かれれば、「人生において晩年を迎えた男がベッドの上で昔のことを一晩中思い出していた」といしか答えられません笑 輪郭が捉えられそうで捉えられず、それでいてくっきりとした心象を残していくこの感じは、印象派の絵に近いものがあります。

 

事実、この『失われた時を求めて』を読了したあとには、見たことがあるはずのない(けれどテレビや何かの写真で見た印象に影響されていると思われる)風景がしっかりと脳内に刻まれていることを感じます。暗い部屋にジュヌヴィエーヴ・ド・ブラバンとゴロの影絵を映し出す幻灯、コンブレーの牧歌的な田園風景、夕焼け空にと黒々と屹立する教会の尖塔…。そんな風景の数々が「紅茶に浸したマドレーヌが口蓋にふれた」ときのように、あるときふと立ち上ってくれば、十分にこのフランス文学の楽しんだことになるのかもしれません。

 

来年には13巻まですべて読み通せればなぁ、と思っています!

「今年こそは世界的名作を読んでみよう」「フランス文学は難しいイメージがあるけれどいつか読んでみたい」という方は、一緒に挑戦してみましょう!笑

私は岩波文庫で読んでいますが、いろいろな訳が出ているので、自分のお気に入りの訳を探すのも面白いかもしれませんね。

 

リラとわたし

『リラとわたし ナポリの物語1』エレナ・フェッランテ(飯田 亮介 訳)

オススメ度 ★★★★★

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2022年一発目の記事は、イタリアの現代作家エレナ・フェッランテによるベストセラーで始めたいと思います。

 

●あらすじ

主人公エレナは地区の小学校でもずば抜けて頭がよく、本人もそれを誇りに思っています。しかし、ある日同級生のラッファエッラ(以下リラ)が自分よりも鋭い頭脳を持っていることが分かります。「性格の悪い」リラのことを最初は好きになれないエレナでしたが、とある出来事を機に二人は固い友情を築いていきます。成長するなかで道を分かつ二人ですが、主人公エレナはリラの聡明さに嫉妬を覚えつつも「リラのことを理解できるのは私だけ」という自負を持っており、リラのほうも「やはりエレナは自分にとって特別な友人だ」と考えています。異なる環境に身をおく二人は、ときに互いに嫉妬し、刺激を与えあいながら、閉鎖的で暴力的な地区にあって自分の人生の幸福を見出すためにもがくのですが…

 
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車輪の下

車輪の下ヘルマン・ヘッセ(高橋 健二 訳)

オススメ度 ★★★★☆

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前回記事から少し間が空いてしまいました。今回はヘッセの代表作『車輪の下』についてつづっていきます。

本作のテーマは、青年期における自我の確立ではないでしょうか。ドイツの神学校での寄宿生活が描かれているにもかかわらず、現代日本人の読者も主人公ハンスやその周囲の青年たちに共感の念を抱く部分があるのは、近代人にとって避けては通れない主題が取り上げられているからでしょう。

車輪の下』という一風変わった題名は、物語の中盤あたりで神学校の校長がハンスにかける言葉からとられていることがわかります。

「それじゃ結構だ。疲れきってしまわないようにすることだね。そうでないと、車輪の下じきになるからね」

結論からいうと、ハンスはものの見事に車輪の下じき」になっていきます。この「車輪」が何をあらわしているかは物語中では明示されません。しかし、青年期のハンスに萌芽した自我は、萌芽したそばから(あるいは萌芽せぬうちに)、周囲の大人だとか社会制度、伝統や権威だとかいう、大きくて重いものの下じきにされ、ハンスに苦しみを与えていったのです。

 

以降ネタバレありです。

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華氏451度

華氏451度』レイ・ブラッドベリ(伊藤 典夫 訳)

オススメ度 ★★★★☆

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今回は、アメリカ国民文学として盤石な地位を築きつつある、レイ・ブラッドベリの『華氏451度』です。

いわゆる「ディストピア小説」の一種で、ありていに言えば「考えることの大切さ」とか、「人類の知の営みをつないでいくことの重要性」がテーマとして据えられているような印象です。「満足な豚より、不満足なソクラテス」という文句がぴったりの小説だと思います。

ジョージ・オーウェルの『1984』とも扱っている題材が似ていますね。書かれた年代も同じくらいですし、当時の社会では(いまもですが)、監視社会とか、人類の思考の自由みたいなものが、とても大きなテーマだったのでしょうか。

ちなみに、『1984』も当ブログで一度扱っています。

jigglejiggle.hatenablog.com

オーウェルが『1984』で究極の締め付けによる監視社会を描いてみせた一方、ブラッドベリの『華氏451度』では、氾濫するほどの娯楽を与えて、大衆がおのずから思考を放棄するように仕向けるタイプの社会が描き出されており、真逆のアプローチで社会の問題に向き合ったというのが、面白いところかなと思います。どちらも極端な架空の社会ではありますが、華氏451度』のほうがなんだか現実味があって、空恐ろしいような気がするのは私だけですかね?

以下、ネタバレ込みで感想を書いていこうと思います。

 

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ロックダウン

『ロックダウン』ピーター・メイ(堀川 志野舞・内藤 典子 訳)

オススメ度 ★★★★☆

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イギリスの人気作家、ピーター・メイの初期作を翻訳で読んでみました。

タイトルからも分かるかもしれませんが、死亡率80%という新型ウィルスが大流行するロンドンが舞台の作品です。実はこの作品、COVID-19の流行よりはるかに昔の2005年(SARSの流行後ですね)に脱稿されたのですが、こんな荒唐無稽なことがロンドンで起こるわけないだろ!と出版社に一笑に付され、お蔵入りになっていたものだそうで、出版自体は2020年となっています。ピーター・メイは、ジャーナリズムの出身者らしく、執筆の際には綿密な調査を欠かさないようで、本作もSARSの流行を受けて感染症などについて徹底的に取材したようです。いまではおなじみのソーシャルディスタンスなんかも描かれていて、2005年の時点で執筆されたとは思えないリアル感があります。

 

ジャーナリスト出身の作家らしく(?)、文章は割と硬質な感じで、小説らしい登場人物の心情の機微や、読んでいて心を揺さぶられるような表現よりも、淡々と事実を述べ伝えていくノンフィクションのような雰囲気を醸し出しています。また、作中でもロンドンに実在する地名や名所がふんだんに登場し、登場人物がどこからどこまでどのルートを通ったかまでが克明に記載されているので、Google Mapを片手に旅行気分でロンドンの街並みをたどりながら『ロックダウン』を読む…なんていう楽しみ方もできました。訳者あとがきに「賛否両論のラストかも」というコメントがありますが、確かにちょっとあっけないと感じる人もいるかなーと思います。ですが、ストーリー自体は間違いなくおもしろいので、軽く読めるミステリーを探している方にはオススメです。特に最後の100ページくらいはイッキ読みでした。

 

以下、ネタバレを含むので、気になる方は本書を先に読んでみてください。

 

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