元・金融OLの本棚

金融業界に返り咲きました。つれづれなるままに読んだ本について語る読書ブログ。

ムントゥリャサ通りで

『ムントゥリャサ通りで』ミルチャ・エリアーデ(直野 敦 訳)

オススメ度 ★★★★☆

今回も友人との読書会用に読んだ小説のご紹介。ミルチャ・エリアーデ宗教学者として存じ上げていましたが、小説も書いていたんですねえ。いわゆる幻想小説と呼ばれるものをいくつか発表しているようですが、この『ムントゥリャサ通りで』はミステリー色・政治色が強いことのが特徴とのこと。

 

一口に幻想小説といってもその定義は非常に曖昧で、Wikipediaによるとカフカプルーストカルヴィーノあたりの作品が「幻想小説」の範囲に分類されるようですが…。

そもそも日本語で読める小説の少ないエリアーデなので他作品は未読なのですが、『ムントゥリャサ通りで』は上述の作家の作品以上に「幻想的」なたたずまいのなのではないでしょうか?強いて言えばプルーストの『失われた時を求めて』がぼんやりとした近い雰囲気を持っている気がしますが、『ムントゥリャサ通りで』の方がミステリアスで続きを読みたいと思わせる力が強い気がするので、とっつきやすいかもしれません。

ただ、ミステリーのように最後に正解が提示される訳ではないので、そのあたりはご注意を。読み進めていくごとにむしろ謎は増えていき、解決されないままの謎が読者の周りに霧のように立ち込めて、そのまま終わりを迎えて読者は濃霧の中に取り残される…。そんな幻想小説です。

 

 

ちなみにエリアーデは神話研究の第一人者だったので、登場人物のファルマが取り調べで供述するエピソードもまるで神話、というか神話をモチーフにしたものも多いようです。身長2メートルを超える女性オアナなんかも「いや、そんな人間いるわけないやろ!」とツッコミどころ満載のエピソードが披露されるのですが、そういうところも旧約聖書の創世記のめちゃくちゃ長生きな人々のような嘘くささをもっていて、どことなく神話的な雰囲気を醸し出しています。

飛行機を操縦中に行方をたったダルヴァリなんかも「蛇の島」のあたりで消息を絶ったことが語られていて、そういう宗教的・神話的な読み方ができるかな~と思っちゃいました。キリスト教的には蛇って嫌われ者の代表格ですし。

 

本作の政治的な部分というと、そもそも共産党員の取り調べをファルマが受けているという舞台設定からして政治的なのですが、ファルマのもとに取り調べにくるアンカ・フォーゲルという女性大臣がアナ・パウケルという実在のルーマニアの政治家をモデルにしているそう。このあたりはあまり詳しくないのですが、エピソードの間の関連性についてしきりに主張するファルマ(=永劫回帰のモチーフ?)と、関連性を無視して手っ取り早く自分の知りたいことを手に入れようとする(そして結局は物語の時間内では真実にたどり着けない)共産党員との対比を描くことで、近代社会批判を織り込んでいるのかなぁという気がしました。

 

このあたりはエリアーデについてもっと勉強すれば色々な読み方ができそうですが、単純に物語としてもそれなりに面白いので、「幻想小説」に興味がある方にはオススメの本です。