元・金融OLの本棚

金融業界に返り咲きました。つれづれなるままに読んだ本について語る読書ブログ。

飛ぶ教室

飛ぶ教室エーリヒ・ケストナー(丘澤 静也 訳)

オススメ度 ★★★★★

クリスマスにぴったりの物語といえば、このケストナーの『飛ぶ教室』を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか? 母親が好きな物語なのでずっと薦められていたのですが、社会人になってから何年もたってやっと読むことが出来ました…。

同じドイツのギムナジウムを描いた『車輪の下』とは異なり、人間の明るさや強さにスポットライトが当てられた非常に清々しい物語です。児童文学として分類される向きもありますが、大人が読んでも十分に面白く、学びを得ることのできる本だと思います。

 

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物語のメインは主人公を含めたギムナジウムの男の子たちの友情であり、彼らを見守る「正義さん」「禁煙さん」の大人の男の友情でもあるでしょう。クリスマスには奇跡が起こると相場が決まっていますが(?)、クリスマスの奇跡とは案外人間の他者を想う気持ちが引き起こすものなのだと感じさせてくれる作品です。

それにしても、「正義さん」や「禁煙さん」のように立派な大人に私たちはなれているのでしょうか…。

 

永遠の出口

『永遠の出口』森 絵都 

オススメ度 ★★★★

本日は、小学生の頃に『カラフル』を読んで以来大好きな森絵都の『永遠の出口』を紹介します。この『永遠の出口』も小学生の頃に初めて読んで、それ以来中学生、高校生、大学生と折に触れて読み返してきた大好きな作品です。

 

主人公・紀子の小学生から高校卒業にわたる9年間を描いた本作には、誰もが「あるある~!」と叫んでしまいそうな春のエッセンスが余すことなく散りばめられています。数多の友達の出会いや別れ、甘酸っぱい初恋のような誰もが経験したようなエピソードも、小学校時代の担任との闘いや中学時代の非行、高校時代のバイト先での事件といった紀子の極めて個人的なエピソードの中にも、在りし日の自分自身の姿を垣間見る人が多いのではないでしょうか。『永遠の出口』は紀子の物語でありながら、読者ひとりひとりの物語でもあります。

 

さて、『永遠の出口』とは子どもの頃の紀子が「〈永遠〉という響きにめっぽう弱い子供だった」ことに由来しています。しかし、紀子も大人になっていく過程で世界の大きさを知り、世の中には自分の手に掬いきれないものが如何に多いことかを学んでいきます。大人になることは「永遠の出口」を見つけること、というと少し淋しいような気持ちになりますが、限りある時間の尊さに気づき、いまを大事にできるようになるのであれば、大人になることも案外悪いことではないのかもしれません。

服従

服従ミシェル・ウエルベック(大塚 桃 訳)

オススメ度 ★★★☆☆

今回はミシェル・ウエルベックによる『服従』です。もしもフランスでイスラーム政権が誕生したら…というトンデモ設定が興味深い小説ですが、フランス社会や政治、宗教を取り巻く状況など、フランスについて深い見識がないと読みこなすのは難しい印象でした(ちなみに私はフランスについて大して明るくないので、読み終えるのに結構時間がかかりました…)

ちなみに、フランスで『服従』が発売された日は、奇しくもかの有名なシャルリー・エブド襲撃事件が起きた日と同日でもあります。それほど、ヨーロッパ的なものとイスラーム的なものの間での緊張感が高まっていた時期に発表された著作であるということができるでしょう。

 

ウエルベックの描く「イスラーム」はかなりヨーロッパ的なフィルターを通した「イスラーム」であるということは頭に置いておかなければなりません。

本作の『服従』というタイトルも、ヨーロッパ人から見るとイスラーム教徒が神の言葉に「服従」するようにイスラームの規定に沿った自由意志のない暮らしをしているように見えることからつけられているようですが、これもヨーロッパの思い違いではないかと思います。実際のイスラーム教徒は、服装もお祈りも飲酒も、人や地域によってかなりスタンスが違っています。そもそも、万能の超越神と人間の自由意志の問題は西洋の知識人もかなり議論をしてきた部分のはずなので、精神的には通じ合う部分もあると思うのですが…

とはいえ、近代ヨーロッパ的な価値観とイスラームの価値観はどうしても「水と油」的な部分も存在するので、当事者同士がどうお互いを理解し、折り合いをつけて、『服従』が生まれるような素地を生み出している現況を乗り越えていくのかが大事だと感じます。まあ先はだいぶ長そうですが…。

 

いずれにせよ、本作『服従』はイスラームの存在感が大きくなるヨーロッパにおける、ヨーロッパ人の心象風景を生々しく切り取ったという意味では非常に価値ある作品ではないでしょうか。日本人にはやや響きづらいですが。

 

アイネクライネナハトムジーク

アイネクライネナハトムジーク』伊坂 幸太郎

オススメ度 ★★★★☆

久しぶりに現代日本作家の作品を読んだのですが、またまた伊坂幸太郎です笑

だって好きなんですもん。

 

アイネクライネナハトムジーク』は伊坂氏お得意のミステリーではなく、ほんのり恋愛小説の香りを帯びた短編集です。ですが、ある短編の登場人物が別の短編に登場し、「この人がここでこんな役割を果たすんだ!」という小気味よい驚きが最後の最後まで続くので、伊坂作品独特の清涼感のようなものは存分に味わえます。

私が読んだ伊坂作品の中では『砂漠』に近いような気もしますが、もっと穏やかで読後は少し心が温まる感じの作品です。「色んなことがあるけど、自分の存在や自分のやった些細なことが自分の周りの、あるいは知らない誰かの力になっているのかも、明日もがんばろう」と思えるような作品なので、ぜひ帰りの通勤電車の中で読んでみてください。

 

ムントゥリャサ通りで

『ムントゥリャサ通りで』ミルチャ・エリアーデ(直野 敦 訳)

オススメ度 ★★★★☆

今回も友人との読書会用に読んだ小説のご紹介。ミルチャ・エリアーデ宗教学者として存じ上げていましたが、小説も書いていたんですねえ。いわゆる幻想小説と呼ばれるものをいくつか発表しているようですが、この『ムントゥリャサ通りで』はミステリー色・政治色が強いことのが特徴とのこと。

 

一口に幻想小説といってもその定義は非常に曖昧で、Wikipediaによるとカフカプルーストカルヴィーノあたりの作品が「幻想小説」の範囲に分類されるようですが…。

そもそも日本語で読める小説の少ないエリアーデなので他作品は未読なのですが、『ムントゥリャサ通りで』は上述の作家の作品以上に「幻想的」なたたずまいのなのではないでしょうか?強いて言えばプルーストの『失われた時を求めて』がぼんやりとした近い雰囲気を持っている気がしますが、『ムントゥリャサ通りで』の方がミステリアスで続きを読みたいと思わせる力が強い気がするので、とっつきやすいかもしれません。

ただ、ミステリーのように最後に正解が提示される訳ではないので、そのあたりはご注意を。読み進めていくごとにむしろ謎は増えていき、解決されないままの謎が読者の周りに霧のように立ち込めて、そのまま終わりを迎えて読者は濃霧の中に取り残される…。そんな幻想小説です。

 

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逃れる者と留まる者

『逃れる者と留まる者 ナポリの物語3』エレナ・フェッランテ(飯田 亮介 訳)

オススメ度 ★★★★☆

いよいよ『ナポリの物語』シリーズも三作目となりました。一作目『リラとわたし』や二作目『新しい名字』とは異なり、三作目では主人公エレナの活躍の場が広がるにしたがってミラノやフィレンツェといった北イタリアの都市も物語の舞台となります。また、エレナとリラが物理的な距離に隔てられて疎遠になるにしたがって、主人公であるエレナの描写が前二作よりも厚みが増しているのも特徴ではないでしょうか?

 

二作目『新しい名字』がリラの結婚生活の物語であったとするならば、三作目『逃れる者と留まる者』は主人公エレナ自身の結婚生活の物語と言えるでしょう。

内容としては、作家として成功を収めた自身のキャリアを追い求めていきたい気持ちと、家事や育児に忙殺される日々との板挟みの中、協力的ではない夫ピエトロとはすれ違い…というよくあるもので、正直「素材」としての古さは否めないかな…と。ただ、エレナ(とリラ)という女性の体験やその時々の思いを「小説」という形で読者が追体験していく本作では、いわゆる通り一遍のフェミニズム論を読むよりもずっと生々しい形で女性の闘いの軌跡を実感できるのではないかなと思います。女性であれば少なからず「こういうことあるよね!」と共感できる部分も多いと思いますが、男性読者の感想も聞いてみたいところ。

(以下ネタバレ含みます)

 

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新しい名字

『新しい名字 ナポリの物語2』エレナ・フェッランテ(飯田 亮介 訳)

オススメ度 ★★★★☆

前作である『リラとわたし』の感想を書いてからだいぶ時間がたってしまいました。美しい海の表紙が目に眩しい二作目ですが、二作目の肝となる部分が南イタリアの美しいリゾート地での休暇シーンではないでしょうか。

 

主人公エレナとその親友リラは、小学校卒業後にそれぞれの人生を歩み始めます。進学をしてゆくゆくはナポリを離れピサで大学に進学するエレナ。かたや、年若くして地区の有力者のひとりと結婚をしたリラ。引き続きそれぞれの立場で自分の進むべき道を模索していくエレナとリラですが、一作目で描かれた少女時代の無知からくるみずみずしさは息をひそめ、大人になりゆく女性として「愛とは何か」を追求しはじめます。

(以下ネタバレ含みます)

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