元・金融OLの本棚

金融業界に返り咲きました。つれづれなるままに読んだ本について語る読書ブログ。

イン・ザ・ハイツ

『イン・ザ・ハイツ』ジョン・M・チュウ 監督 / リン=マニュエル・ミランダ 原案

オススメ度 ★★★★★

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読書ブログといいながら、先日観た映画が良かったので、ご紹介しようと思います。その名も『イン・ザ・ハイツ』。2005年に初演された同名ミュージカルの映画化です。

もともとリン=マニュエル・ミランダが手がけたミュージカル『アレクサンダー・ハミルトン』が大好きで、この映画が公開されたらぜひ観にいこうと思っていました。

『イン・ザ・ハイツ』の背景にあるもの

この物語の登場人物は、NYのなかでも治安が悪いと言われるワシントン・ハイツにくらすヒスパニック系移民やその子孫。元ネタのミュージカルをつくったリン=マニュエル・ミランダ自身がプエルトリコ系移民の子孫で、自身が実際に身を置いていた世界をモデルにしているようです。

ヒスパニック系移民は、WASP(白人・アングロサクソンプロテスタント教徒)を中心にまわるアメリカでは「よそ者」として排斥され政治的発言権もなく、それでもアメリカに根をはって生きてきた彼らのアイデンティティは複雑で、言語は英語ときどきスペイン語、住み慣れたアメリカへの愛着と祖国と自分のルーツへの誇りを合わせもっています。また、一口にヒスパニック系といっても、そのルーツは様々。キューバ系、ニプエルトリコ系に、メキシコ系など(実際に、劇中で各国の国旗をかざってお祭り騒ぎをするシーンがあり、「ヒスパニック系」の中にも多様性があることがわかります)。また、祖国での暮らしを知っている者もいれば、生まれてすぐにアメリカに渡った者、そもそもアメリカで生まれた者など「移民」としての濃淡も人それぞれです。本作の登場人物たちも「アメリカに残るべきか、祖国に帰るべきか」「アメリカに来なかった自分の人生はどうなっていたか」に思いをはせ、自分の居るべき場所をそれぞれに自問自答する場面が多く見られます。

そしてヒスパニック系の彼らの信仰はカトリック。ワシントン・ハイツの住人みんなのおふくろ的存在、アブエラの口ぐせは”Paciencia y fe(忍耐と信仰)”。敬虔なカトリック教徒として描かれているのは彼女だけですが、ヒスパニック系住民の素朴な精神的風景を切り取っているようなキャラクターに感じます。アブエラのソロナンバー”Paciencia y fe”では、アブエラが母親とともにアメリカに渡って来た際の苦労や母親への思いが歌いあげられ、非常に見ごたえのあるシーンであるとともに、ヒスパニック系住民をめぐるアメリカの暗い面を垣間見たような気になります。

 

ミュージカル映画としての『イン・ザ・ハイツ』

正直、ミュージカル映画としてどうかと言われれば、特に本作が群を抜いて良くできているというわけではないです。『ラ・ラ・ランド』や『レ・ミゼラブル』、『ザ・グレイテスト・ショーマン』のように、一回聞けば口ずさめるようなキャッチ―なナンバーもなければ、手に汗にぎる衝撃的な展開が待っているわけでもなく、2時間半にせまる上映時間も冗長(最後ほんとうにトイレに行きたくて仕方がなかった…)。

それでも、この映画が素晴らしいのは、毎日を懸命に生きる名もなき人々への極上の賛歌のような映画だから。

登場人物たちはカネももっていないし、ひとたびコミュニティを出れば移民への差別に直面する。そんな厳しい現実のなかで、進むべき方向を見失ったり、愛する人や家族とときにはぶつかったりしながら、それでも夢を抱くことを忘れず、毎日を懸命に生きることを辞めない人々の姿に、ハッとさせられます。決して「がんばれ!」というメッセージを前面に押し出した作品ではないのですが、登場人物がそれぞれの人生や生活と闘い、または闘う決心をし、何かをつかんでいこうとする姿には、誰しも共感をおぼえ心をうたれるはずです。彼らの生活は裕福ではないけれど、現代の日本人が忘れてしまった人生のなかで本当に大切なもの、生きていく意味や生きる希望、精神的な豊かさや人間同士のつながりとは何かを、あらためて教えてくれます。

そして、ラテンの要素を取り入れた音楽が、彼らの物語を明るく、それでいてどこか憂いを感じる調子で包み、映画のテーマに華をそえます。ネットでも言われていますが、「流れていないラテンの血が騒ぐ」とは、まさにこのこと!!

 

ハリウッド的な面白さはなく、ヒスパニック系アメリカ人たちの物語なので、われわれ日本人には題材へのなじみが薄いのは否めませんが、ぜひあらすじを読むだけではなく、劇中の音楽や色鮮やかで情熱的なダンスとともに、登場人物たちのキラキラと輝く生命の輝きを感じとってほしいと思います。